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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)4号 判決

控訴人

木崎村議會

被控訴人

渡邊隆作

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負擔とする。

事実

控訴人は適式の呼出を受け乍ら當審における最初になすべき口頭辯論期日に出頭しないので、當裁判所は控訴人の提出した、控訴状を陳述したものと看做して相手方に辯論を命じた。同控訴状によれば、控訴人は原判決を取消す。被控訴人の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負擔とする旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

當事者双方の事實に關する陳述は總て原判決の事實摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

證據として、被控訴代理人は甲第一乃至第七號證を提出し、原審證人寺尾四松の證言を援用し、控訴人は原審において證人川瀨新藏の證言を援用し、甲號各證の成立を認めたものである。

理由

本件控訴状には本件訴を却下する旨の判決を求めるとの記載はないが、同控訴状中控訴の理由として控訴人主張事實は第一審判決事實摘示と同一であるとの記載が存するところから見れば、控訴人は原審において提出した本案前の抗辯についても、當審において判斷を求める趣旨と解されるので先ずこの抗辯について按ずるに被控訴人の本訴請求原因の要領は控訴人が被控訴人の飮食營業緊急措置令違反の嫌疑で取調を受けたことを理由として、被控訴人を除名しようとして、同議會の會議規則を改正した上、その後の會議において、右改正規則を適用して被控訴人を除名する決議をなしたものであるが、右除名決議は違法であるから、これの取消を求めると謂うのである。從つて假りに被控訴人に前示除名事由である行爲以外に、控訴人主張のような除名事由があり、被控訴人が本訴で勝訴の判決を受けた場合、控訴人において今後更に被控訴人を除名することができるとしても、時期と事由を異にした決議によつてなされた除名は被控訴人にとつて自ら法律効果を異にするものであるから、被控訴人は本訴によつて以上のような權利保護を求める利益を有することは勿論で控訴人の本抗辯は採用の限りでない。

よつて進んで本案について檢討を加えよう。

被控訴人が控訴議會の議員で且つ、その議長であつたが、昭和二十三年六月十一日新潟市行形亭で飮食した件で飮食營業緊急措置令違反の嫌疑により取調を受けるに至つたこと、而して右違反事件で被控訴人は新潟簡易裁判所において罰金一萬圓に處せられ同裁判は同年十月初旬確定したものであるが、これより先、控訴議會は被控訴人の右政令違反の嫌疑によつて取調を受けたことを理由にして被控訴人を同村議會議員から除名しようとして、同年六月二十五日の會議において、從來、控訴議會の議事規則の第三十二條に「地方自治法及び本則規定に違背した議員に對しては會議の決議に依り五日以内出席停止することが出來る」とあつたのを、「地方自治並びに左記事項に違反したる議員に對しては會議の議決に依り地方自治法第百三十五條の適用をなす事を得るものとする。一、本則に違反したるもの、二、本議會の體面を汚損する行爲ありたるもの、三、占領目的を害する言動ありたるもの」と改正し、次で同月二十九日の會議において被控訴人の前記政令違反の行爲が、右改正規則第三十二條の二號及び三號に該當するものとして、これを適用して被控訴人を控訴議會から除名する旨の本件決議をなしたことは孰れも當事者間に爭のないところである。

而して本件村議會の會議規則は地方自治法中普通地方公共團體の議會の會議に關する規定(同法第六章第六節)の中の第百二十條に普通地方公共團體の議會は會議規則を設けなければならないとあるところから、制定されるものであつて普通地方公共團體の議會の會議運營に關する事項中、地方自治法に規定することを相當としない細則をその地方の事情に適するように制定することを許したものと謂うべきであるから地方自治法の規定に牴觸する規定を設けることが許されないことは當然で從つて會議の運營に關係のない事項を規定し得ないことは勿論である。又地方自治法第百三十四條によつて普通地方公共團體の議會はその決議によつて議員に懲罰を科することができ、この懲罰に關する必要な事項は、會議規則中にこれを定めなければならないものであるが、この法條が、その懲罰の目的として本法及び會議規則に違反した議員を對象としているところに鑑みればこの懲罰規定は專ら議員の議會内における行動に對し科することを目的としたもので、議會の外における議員の行動について責任を問うことは許されないものと解すべきである。果してそうだとすれば、控訴議會が前段に認定したような經過により議會外における議員の行動を規律する目的で前記のような會議規則の改正をなしたとしても右規則によつて被控訴人を除名することは地方自治法に違反するものと謂わねばならない。從つて右決議の取消を求める被控訴人の本訴請求はこの點において正當でありこれを認容すべきである。

而かも、凡そ刑罰を含む法規はこれを遡及して適用することを許さないと云う原則は憲法第三十九條によつて保障されたところである。而して地方自治法第百三十四條によつて議員に科せられる懲罰は憲法に所謂刑罰には該當しないが一種の罰であり公の權力によつて人格に汚點を與えるものであるから憲法の精神を類推して刑罰法規と同樣不遡及の原則に從うべきものであると解するのが相當である控訴議會が被控訴人の前記政令違反行爲があつた後前記のように會議規則中懲罰規定を改正し、改正前の被控訴人の行爲について、遡及して改正規定である前記會議規則第三十二條第二號第三號を適用したのは憲法の右精神に反するもので違法たるを免れない。被控訴人の右除名決議の取消を求める請求はこの點においても正當である。以上と見解を異にする控訴人の主張は當裁判所の採用し得ないところである。

よつて被控訴人の控訴議會が昭和二十三年六月二十九日爲した控訴議會の議員である被控訴人を除名する旨の決議を取消した原判決は洵に相當であるから本件控訴はこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負擔について民事訴訟法第九十五條第八十九條を適用して主文の通り判決する。

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